教育業界で仕事してきた夫婦のブログ
みゆ=理系 たか=文系
現場で感じたこと、常日頃考えていることを、
受験を目指す人とその保護者の方に向けて綴っていきます。

春秋要約 2017.8.20

春秋要約ルール=40字1文、みゆとたかがそれぞれの要約を掲示する。判断は読者!

【元の記事】

 江戸時代に全国を測量し日本地図を作り上げた伊能忠敬の墓は、東京・上野の源空寺にある。隣に眠るのは19歳年下の暦学の師匠、高橋至時(よしとき)だ。忠敬は遺言で、若くして病に倒れた師の横に自らを葬るよう求めた。享年73歳。超高齢化の今、生き方に学ぶところは多い。

▼酒造や米取引をなりわいとする下総国佐原村(現・千葉県香取市)の伊能家に忠敬が養子に入ったのは17歳の時。家業をもり立てる一方、村名主として飢饉(ききん)の対応に当たった。この間もひとりで天文学や数学を学び、隠居後、50歳で高橋に入門している。幕府の許可を得て、北海道の測量に着手した時は55歳になっていた。

▼最後の遠征となった九州では持病を押し、ほとんど歯のない状態のなか、古希に近い体にむち打ち現場で指揮をとっている。途中、片腕と頼む副隊長が40代で病死し、忠敬は「鳥が翼をもがれた」と嘆いた。実はこれに先立ち、家督を継いだ長男の景敬も世を去っている。家族は遠方の忠敬にあえて知らせなかったようだ。

▼まさに「一身で二生を経た」と言うにふさわしい。持ち前の向学心と根気で歴史を切り開いたのだが、逆縁や逆境に耐え抜いた姿にも敬服する。人生1世紀の時代は近そうだ。長く働くにしろ、学び直すにしろ、思いもかけぬ悲嘆や苦難が待ち受けるかもしれない。乗り越える勇気と知恵を忠敬の生涯から学んでおきたい。

                    (出典:日本経済新聞「春秋」2017.8.20)

【みゆの要約】

悲嘆や苦難を乗り越える勇気と知恵を、逆縁や逆境に耐えた忠敬の生涯から学びたい。

※要約のポイント

 第一段落から第三段落までは忠敬の生涯、第四段落がそれを受けてのまとめだったため、第四段落を中心に要約をした。

※たかのツッコミ(=国語教師的見解)

①筆者がなぜ伊能忠敬を引き合いに持ってきたか?を考えるべし。これから超高齢化を迎える我々にとって、老境に入ってからさまざまな活躍をした伊能忠敬が参考になるからである、と考えよう。②「悲嘆や苦難」と「逆縁や逆境」は対比的に使われているので両方使うのではなくどちらか一方にすべし。

【たかの要約】

 超高齢化の今、思わぬ悲嘆や苦難を乗り越える術を伊能忠敬の生涯から学んでおきたい。

※要約のポイント

 老年になってから全国を測量し日本地図を作り上げた伊能忠敬の生涯から何を学ぶべきかを中心に4段落をまとめた。